高山病について
急性高山病(AMS:Acute Mountain Sickness)は、低酸素環境にさらされることで起こる障害です。AMSは通常、2300m以上の高所で発症します。主な症状には、頭痛、吐き気、めまい、倦怠感などがあります。低酸素環境にさらされて6~9時間経過すると、だれでもAMSに罹患するリスクがあります。重症化すると、高地脳浮腫や高地肺水腫を引き起こし、命に関わることもあります。
Lake Louise Acute Mountain Sickness Score(2018年版)
項目 | なし (0点) | 軽度 (1点) | 中等度 (2点) | 重度 (3点) |
---|---|---|---|---|
頭痛 | なし | 軽度 | 中等度 | 激しい頭痛 |
胃腸症状 (食欲不振・吐き気) | なし | 食欲不振・嘔気あり | 強い食欲不振または吐き気 | 耐え難いひどい吐き気・嘔吐 |
疲労感・倦怠感 | なし | すこし感じる | かなり感じる | 耐えられないほど感じる |
めまい・ふらつき | なし | すこし感じる | かなり感じる | 耐えられないほど感じる |
- 合計スコアが3点以上で高山病と診断されます。
- 軽度(3~5点)、中等度(6~9点)、重度(10点以上)
- スコアが高いほど重症度が増し、7点以上では高度順応が難しく、直ちに高度を下げるべきとされています。
急性高山病の重症型として高所肺水腫と高所脳浮腫があります。
高所肺水腫(HAPE:High Altitude Pulumonary Edema)
AMSの症状がなくても突然に発症することがあります。肺の低酸素性肺血管収縮が不均一に起こり、血管収縮の強い組織は透過性が低く、一方で弱い組織は透過性亢進により過剰還流となります。血管抵抗の低い組織の血流が増加し、不均一な毛細血管内圧の上昇により、肺末梢組織が肺水腫になり、ガス交換不全により低酸素血症が進行します。AMSの症状に加えて、高所到達後に出現する咳嗽、安静時の呼吸困難などを認め、安静・酸素吸入・低地への移送で急速に症状は改善します。
高所脳浮腫(HACE:High Altitude Cerebral Edema)
AMSが先立って発症することが多く、症状がひどくなると死に至ることもあります。脳の低酸素血症により頭蓋内圧亢進が生じ、頭痛、運動失調、精神症状、意識障害などを生じます。高所における脳浮腫の原因は血液脳関門の透過性亢進により、血管外へ血漿成分の漏出が生じることで起こります。治療は速やかに低所に移動することが重要です。
AMSの予防対策
AMSの発生はある程度予測が可能です。AMSの発生は標高に依存し、国内では富士山八合目の山岳救助所(3100m)では受診者の66.1%がAMSと診断されています。リスク因子として、体重・BMI高値、高山病の既往、運動不足、喫煙、飲酒などがあげられます。
AMS発症予防対策として以下の方法があります。
- ゆっくりと高度を上げる
- 1日の上昇高度を500m以内に抑え、2,500m以上では1日ごとに高度順応日を設ける。
- 3,000m以上では1泊ごとに追加の順応日を設ける。
- 十分な水分補給
- こまめに水を飲み、脱水を防ぎましょう
- アルコールやカフェインの摂取を控えましょう
- 体調管理
- 無理をせず、症状が出たらすぐに休息しましょう
- 高度を下げることが最も有効な対策です
AMSの予防内服
アセタゾラミド(ダイアモックス®)
作用機序
近位尿細管で炭酸脱水酵素の働きを抑制し、炭酸水素イオンの排出増加による利尿作用があります。またH⁺イオン増加で呼吸中枢が刺激され、換気量が増大し換気応答が改善します。
用量用法
1日2回 1回250㎎
適応
- 高山病に過去複数回かかったことがある
- 急激な高度上昇が必要なもの(山岳救助者、高所作業者など)
- 高山病の症状が持続する登山者
- AMSスコア高値、SpO2低値のもの
デキサメタゾン(デカドロン®)
作用機序
NO合成酵素の発現を増加し、低酸素で誘発される肺動脈内皮細胞の機能障害を改善します。炎症性サイトカインの透過性亢進を抑え、HAPEの発現を防止します。脳血液関門の透過性亢進を防止します。
用量用法
初回に8㎎の内服、以後6時間ごとに4㎎内服し、2~3日で終了
適応
- 急激な高度上昇が必要なもの(山岳救助者、高所作業者など)
- 高山病の症状が持続する登山者
- AMSスコア高値、SpO2低値のもの
いずれの薬剤も保険適応外になるため、自費診療での処方になります。
ダニの予防対策
昨今の登山やアウトドアのブームを受けて、海外で野外活動を楽しむ方も多いと思います。日本では40種類以上のマダニが知られています。マダニは主に森の下草や笹薮、河川敷の草地などに生息して、幼虫、若虫、成虫のすべてのステージで動物から吸血をします。吸血の際には口器を刺入し、幼虫で約3日、若虫で約5~7日、成虫で7~14日程度吸血を続けて、飽血状態になると自然に脱落します。マダニは下記の様々な病原体を媒介する可能性があります。ただ実際にはマダニの病原体保有率は通常きわめて低いので過度の心配は不要ですが、虫体を確認した場合は早めに医療機関で摘除することが望ましいです。
疾患名 | 病原体 | マダニの種類 | 流行地域 | 疾患重症度 |
ライム病 | ボレリア菌 | シカダニ属 | 北米、ヨーロッパ、アジア | 中 |
ダニ媒介性脳炎 | TBEウイルス | マダニ属 | ヨーロッパ、ロシア、中国、日本 | 高 |
日本紅斑熱 | リケッチア | フタトゲチマダニ | 日本、中国、韓国 | 中 |
ツツガムシ病 | オリエンティア・ツツガムシ | ツツガムシ | 東アジア、東南アジア | 中 |
Q熱 | コクシエラ菌 | マダニ属 | 世界各地 | 低 |
重症熱性血小板減少症候群(SFTS) | SFTSウイルス | マダニ | 東アジア、東南アジア | 高 |
ダニ媒介性脳炎は日本では北海道での確認例があり、島根県では野生動物にウイルスが確認されています。また日本紅斑熱は出雲の北山山系での報告が毎年あります。さらに島根県ではSFTSの報告もあります
- 肌の露出を避ける
- 長袖、長ズボンを着用し、ズボンの裾を靴下の中に入れる。
- 明るい色の服を着ることでマダニの付着を確認しやすくする。
- 防虫スプレーの使用
- ディートなどの虫除けスプレーを使用する。
- こまめなチェックと除去
- トレッキング後は全身をチェックし、マダニが付着していないか確認する。
- 皮膚にマダニが付着していた場合は、ピンセットで慎重に取り除く(医療機関での除去をおすすめします)。
- ワクチンの活用
- ダニ媒介性脳炎流行地域に渡航する場合は、予防接種を検討する。
まとめ
海外でのトレッキングは素晴らしい経験ですが、高山病やマダニ感染のリスクがあるため、しっかりとした準備が必要です。高山病を防ぐためには、無理な高度上昇を避け、十分な水分補給と順応期間を設けることが重要です。また、マダニ感染を防ぐには、防虫対策と適切な服装が鍵となります。安全なトレッキングを楽しむために、事前にしっかりと対策を行いましょう!